東京都府中市 「祖父の残した遺言」第7話

query_builder 2022/08/04
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それから約4カ月位生活を続けたが、当時は米の値段が暴騰して一升五十二・三銭迄になった。


私の月給は六十五銭、生活と母の医薬代には到底間に合わなかった。

妹フミは専売局に通勤して日給十八銭である。

米の暴騰により外米一升を二十三銭位で買求めこれをお粥にしてすすり医薬費の負担を漸く賄った。


朝は三時頃起きて広瀬川に行き患者の汚れ物を洗濯して、夜が明けぬ内に家に帰り朝食の支度を終わって更に病人の支度万端を整えてから六時半頃働きに出掛けた。

夜は毎日六時半頃帰宅した。

母は一人ぽっちで私等の帰りを待ちかねて居た。

夕食の支度から食事を終わって寝につく頃は十時になり睡眠は妹と一時間交代を約束したが二人共疲労が甚だしいので共に熟睡する有様であった。


当時かねて逃亡中であった継父が突然舞い戻り母の病気加療に援助すべく交渉を受けたが私は強硬に断った。

処がどうしても置いて呉れと嘆願するので仕方なく一晩丈の約束で置いたが二日三日と過ぎても立退かない。


間もなく母は大正七年十月十三日夜七時頃私が仕事先より帰る間もなく遂に永眠した。


私は妹を一人留守居させ東三番町の佐藤医師に行き来診を乞うて死亡診断書を即時受取り葬儀社と連絡の上当夜十時頃単身新寺小路松音寺に参り和尚と相談の上墓地を取極めた。

如何に貧困とは言いながら身寄りの者は誰一人見向きもせず、只母の実家鈴木杏策氏が何かと私の心配をして呉れた。

そして母の後始末も一段落ついた。


私は再び一生懸命働いて一揃いの安物着物を用意した。

母の命日より四十九日目十二月一日の朝榴ヶ岡歩兵第四聯隊へ現役として入隊する事になって居たが、只心配なのは妹一人を残す事であった。

継父は妹を売り飛ばす気配が見えたので入隊前に石巻の小西薬店に女中奉公に出した。

そして私は安心して入隊した。


その直前私の友人知己より五十円位の餞別を貰ったので近所の仕出し屋に御膳を注文し壮行会を催して夜更けになったので仕出屋は支払いが出来ず翌朝は入隊のため夜明け頃出発するので止むを得ず支払方を継父に委任して入隊した

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